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作品解説 <モンテヴェルディと「ポッペアの戴冠」>
作曲者のクラウディオ・モンテヴェルディ(1567〜1643)は合唱曲とオペラの分野で目覚ましい功績を残した17世紀の音楽家です。合唱の分野ではマドリガルと呼ばれる形式の美しい作品を数多く残し、またオペラでは市民向けのオペラ公演を確立した人物として重要視されます。近年の古楽ブームの流れから彼の作品は大変に注目されていますが、その中でも最高傑作とされるのがこのオペラ「ポッペアの戴冠」です。実際、日本でも様々な団体が上演を行い、また海外からの来日公演も続いていることもあり、既にご存じの方も多いのではないでしょうか。
「ポッペア」の初演が行われたのは1643年*のカーニヴァル、活動の場であった水の都ヴェネツィアでのことです。彼はその年のうちに76歳で亡くなっていますが、そんな最晩年の作品にもかかわらず、その生き生きとした作風にはじつに驚かされます。モンテヴェルディは音楽史のうえでは「ルネサンス期」と「バロック期」にまたがるとされています。モンテヴェルディはそれまでの伝統的な美しいハーモニーを求める作曲法を「第一の作法」と呼んで継承しつつ、その一方で「第二の作法」として、不協和音などを大胆に用いながら表現の幅を広げていきました。彼のような作曲家たちの斬新な活動が、新たな時代を切り拓いたのだと言えましょう。
物語の内容は、ローマ帝国の皇帝ネロが愛人のポッペアと再婚するという、あまり感心できないものではあります。これは古代ローマのタキトゥスが残した「年代記」が底本となっていますから、おおむね史実に基づいています。皇帝ネロについては、キリスト教徒を迫害したということで暴君というイメージが強いのですが、実際には他の皇帝と比べてとくにひどいという程ではなかったようです。とはいえ、とても聖人君子とは言えない人物だったのは確かで、彼の身近にいた人々で死を免れた者はほとんどいません。今回の主役ポッペアも例外ではなく、この3年後にはネロのかんしゃくから蹴り殺されてしまいます。
よりにもよってモンテヴェルディ先生は、どうしてこんなお話をオペラにしたのか?解釈は様々ありましょうが、美しさと醜さの交錯するなかに人間の本性が垣間見える、そんなことを彼の音楽は語りかけているようにも思えます。
※ 以前は1642年という説が主流でしたが、かつて使われていたヴェネツィアの暦では、4月1日に新年度が始まるうえに、オペラシーズンはクリスマス翌日からカーニヴァルまでであるため、この時代のオペラの初演年は多くが一年遅れで解釈されます。
演出ノート <毒のように甘く、悪ほどに美しく>
愛は何ひとつ約束しない。そのくせ大きなツケを払う。色恋沙汰にうつつを抜かせば、とんだ泥沼にはまりこむ。損を覚悟の宝くじ、負けを承知のへぼ将棋。人間に何ができるのか。
恋は炎。身を焦がし灰になる。熱すぎる火は人間ごときを幸せにすらしてくれない。炎の色は燃やすもので変わる。命をけずってくべる輝き。愛という呪いをかけられるだけか。
愛のために死ぬか、愛のために殺すか、どちらがより純粋か。人というのは誰かのために良かれとして罪を犯すという。いったい最初に恋をしたのは、善人だったか悪人だったか。
恋はバラ色。生き血を吸って咲くという。恋の花なる悪の華。あまりにも純粋なその力の前に、われわれの掲げる半端な正義、不純な道徳というものは、こんなにも無力なのか。
うつつを抜かしてはいられない。末永くお幸せにしていられない人の迷い。八方丸く収まらない世の不条理。火の粉をかぶって立つ檜舞台。またたきの時の狭間、非力な人間に許される精一杯。天使であれ悪魔であれ、ほんのささやかな声援を頂けますなら、これに勝る歓びはございません。
※ 本文中、教育上よろしくない発言が含まれておりますので、真面目な性格のお方、恋に夢をお持ちの若者は読み飛ばしてください。
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